市街戦環境における自律型殺傷兵器(LAWS)の運用と国際人道法上の文民保護原則への挑戦
はじめに
自律型殺傷兵器(LAWS)の開発と潜在的な配備は、将来の紛争形態に profound な影響を与える可能性が指摘されています。特に、市街戦のような複雑で動的な環境におけるLAWSの使用は、国際人道法(IHL)上の根幹原則である文民保護に深刻な課題を突きつけると考えられています。本稿では、市街戦特有の状況を踏まえつつ、LAWSの運用が文民保護原則に与える影響について、技術的、法的、倫理的な観点から分析いたします。
市街戦の特性とLAWS運用の複雑性
市街戦は、人口密集地での戦闘であり、文民、戦闘員、文民的物件、軍事的目標が極めて近接し、しばしば混在する状況で行われます。建物などの構造物は視界を遮り、隠蔽場所を提供するため、敵味方の識別が困難になります。また、戦闘状況は短時間で急激に変化し、予期しない事態が発生しやすい特性があります。
このような複雑な環境において、LAWSが適切に機能するためには、高度な状況認識、ターゲット識別、脅威評価、および意思決定能力が求められます。しかし、現在のAI技術は、こうした市街戦の複雑性に対応する上で、いくつかの技術的な限界を抱えています。例えば、人間の顔や物体を正確に識別する技術は進歩していますが、特定の個人や集団が戦闘員であるか文民であるか、あるいは戦闘に参加しているか否かを文脈を理解して判断することは、AIにとって極めて困難な課題です。非正規な武装勢力やゲリラが文民と同じ服装をしている場合など、識別は一層複雑になります。
文民保護原則への挑戦:区別原則と比例性原則
国際人道法は、紛争当事者に対し、常に戦闘員と文民、軍事的目標と文民的物件とを区別し、文民及び文民的物件を攻撃の対象としてはならないとする区別原則を課しています。また、軍事的目標への攻撃が、予想される具体的な軍事的利益に比べ、文民の生命の損失、負傷又は文民的物件への損害が過度に大きいと予想される場合には、攻撃を差し控えるべきとする比例性原則も重要な規範です。
市街戦環境におけるLAWSの運用は、これらの原則の遵守を脅かす可能性があります。
- 区別原則への課題: LAWSが市街戦の混淆した状況下で、戦闘員と文民を常に正確に区別できるか、という技術的な信頼性の問題が挙げられます。AIが文脈を誤解したり、データに含まれるバイアスに影響されたりして、文民を誤って標的とするリスクが懸念されます。また、戦闘員が一時的に戦闘行為を停止し、文民としての状態に戻った場合などに、LAWSがその変化を正確に認識し、標的から除外できるかどうかも疑問視されています。
- 比例性原則への課題: LAWSが攻撃の実行を判断する際に、予想される軍事的利益と、攻撃により文民にもたらされるであろう損害(付随的損害)を正確に評価し、比較衡量できるか、という問題があります。市街戦では、単一の軍事的目標への攻撃が周辺の文民や文民的物件に広範囲な影響を与える可能性が高いため、この評価は人間にとっても困難を伴います。AIが、その複雑な連鎖反応や間接的な影響まで含めて適切に評価し、人道的観点から許容できないリスクを回避できるかについては、技術的な保証がありません。
「人間の意味ある制御(Meaningful Human Control)」の必要性
LAWSを巡る国際的な議論において、「人間の意味ある制御(MHC)」の維持は中心的な論点の一つです。市街戦のような高リスクな状況において、LAWSが国際人道法を遵守し、文民保護を最大限に確保するためには、兵器システムによる意思決定の重要な段階において、人間が主体的に関与し、兵器の行動を理解し、予測し、必要に応じてオーバーライドできるような制御が必要であると広く認識されています。
しかし、市街戦の急速に展開する状況下では、人間がリアルタイムで個々の攻撃判断に対して「意味のある」制御を行使することが、運用上困難になる可能性も指摘されています。迅速な判断が求められる状況で、LAWSの自律性に頼らざるを得なくなる誘惑が生じるかもしれません。どの程度の自律性が許容され、どの段階で人間の介入が必須となるのか、そしてその制御を技術的にどのように実装・検証するのかは、喫緊の課題です。
責任の所在と説明可能性
市街戦でLAWSが誤って文民を殺傷したり、文民的物件を破壊したりした場合の法的・倫理的な責任の所在も、文民保護に関連する重要な課題です。従来の兵器システムにおいては、多くの場合、最終的な攻撃判断を行った人間(指揮官やオペレーター)に責任が帰属しました。しかし、LAWSにおいては、意思決定プロセスの一部または全部がアルゴリズムによって行われるため、エラーが発生した場合に、誰が、どのように責任を負うのかが不明確になる可能性があります。
アルゴリズムの設計者、製造者、軍事司令官、オペレーターなど、責任を負うべき主体を特定し、法的責任を追及するための枠組みをどのように構築するのか、国際法上、国内法上の両面で議論が必要です。また、LAWSの意思決定プロセスに説明可能性(Explainability)がなければ、なぜ特定の行動が取られたのかを事後に検証することが困難となり、責任追及を一層複雑にします。市街戦でのLAWS運用における悲劇的な結果に対して、適切に責任が果たされない状況は、正義と法の支配の原則に反し、文民保護の実効性を著しく損なうことになります。
国際社会における議論の現状と今後の展望
特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)の枠組みにおける自律型殺傷兵器に関する専門家会議など、国際社会ではLAWSが国際人道法、特に文民保護に与える影響について集中的な議論が行われています。多くの国や国際機関、市民社会は、市街戦のような環境におけるLAWSの使用に対する懸念を表明しており、新たな法的拘束力のある規制の必要性を訴える声も強まっています。
市街戦でのLAWS運用が文民保護に与える課題に対処するためには、技術開発の進展を見守るだけでなく、技術の限界と人道上のリスクを正直に評価し、国際法および倫理規範に照らした厳格な制限や禁止の可能性を含め、真剣な議論を進める必要があります。技術の進歩は、国際法や倫理的議論のスピードを常に上回りがちですが、人道的な観点から、技術の暴走を許さないための国際的な規範構築が不可欠です。
結論
市街戦環境における自律型殺傷兵器(LAWS)の運用は、国際人道法上の文民保護原則に深刻な挑戦を突きつけます。技術的な限界、区別原則・比例性原則の遵守の困難性、「人間の意味ある制御」の維持に関する運用上の課題、そして責任の所在の不明確さなど、多岐にわたる問題点が指摘されています。
これらの課題に対処するためには、技術開発者、軍事関係者、法律家、倫理学者、政策立案者、市民社会など、多様な関係者が協力し、技術の潜在能力とリスク、そして人類が戦争において守るべき規範との間で、慎重なバランスを探る必要があります。特に、市街戦のような文民へのリスクが高い状況におけるLAWSの使用については、その運用に厳格な制約を課すか、あるいは完全に禁止するかを含め、国際社会全体で緊急かつ真剣な議論を進めることが求められています。文民保護は国際人道法の核心であり、いかなる新技術の導入によってもその原則が損なわれてはなりません。